チェック=久保山孝さん
入力者 =佐田みき子
S45年11月25日 朝の御理解
御理解第28節 病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸がえをするに、八、九分かえて、退屈してやめれば、掃除はできぬ、それで、やはり水は濁っておるようなもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛す
るよう元気な心で信心せよ。
一心にまめで繁盛するよう元気な心で信心せよ。健康で、えー、家も繁盛、おー、その上、元気な心で、この三つがそろうて、一心に信心をして、元気だけであってもいけんし、元気で、えー、繁盛しておるというだけでもいけない。やはり、元気な心というのは、いきいきとした心というか、いうなら、元気な心というのは、健全な心ということだろうと。そのことを、一心に願うていけと。
えー、昨日、おとといでしたか、月並祭の、うんと、4時の御祈念、んー、久留米の野口さんと、小倉の富永さん、夫婦ご一緒にお参りになっておられた。それで、えー、「たかはし先生?」病院の方においでなりまして、医者の立場で、えー、聞いておかなければならないこと。または、んー、医者の立場で、話しておかなければならないこと。もちろん、幹三郎のことなんです。
それで、そのために、今度おいでになられた。もう、ただただ、んー、広大なおかげと、言う他にはない。えー、と、お話を、もう、7時頃まででしたか、もう、一所懸命、その前後の話から、あー、主治医の先生のお話を、いわゆる、話して下さいましたわけでございますが、んー、これは、あの、んー、昨日、夜遅う参ってきてのお話でしたけれども、あの帰りに富永が、こんなに申しますち言う。
もう、電車の中でも、ただ不思議というおかげはないと。朝の、あの手術の朝、富永先生見えて、んー、富永さん、まあ、野口さんの言葉ですよね。息子と私に、富永がこう申しました。お母さん、医者の立場で、今度の幹三郎君の様態を見ることはね、もう、九分九厘むずかしかっち、これは、ですからね、後の一分は、もう奇跡を待つ他はない。お母さん、しっかり拝んでください、つってから、その、奥さんとお母さんを前にして、言われたという話をなさった。それが、あの、今のおかげを頂いて、ほんとに、まあ、こんな有り難いことはないと、まあ、いうなら、不思議で不思議でたまらんという、そういう話の連続であった。
そして、ちょうど今度の十二月の二十日、ちょうど、ここの報徳祭の日が、えー、お医者さん方の、おー、学会がどこかで開かれる。その学会で自分が、あの、発表しなけりゃならないことになっとるから、今度はどうでも、幹三郎君の、あの、一番初めから、そのおかげを頂いておる、その様子をね、今度の学会で、それを発表したいと思うておると頂いた。
ね、そして、その日なんですよ。とにかく、晩遅うまで、親子三人、「他の方もおられたかもしれませんけれども?」、まあ、三人でお話なさったこと、もう、今度の、幹三郎君の病気のことによってです、合楽のもう、ほとんど全体の人の信心が、あのように盛り上がるとは、もう、本当に、これもまた不思議なことだったと、合楽というとこは、有り難いとこじゃ、もう、皆がああいうふうに一丸となって、えー、まあ、いうなら修行ができた、御祈念会かなんかに行くと、それを感じる、どうして、そういうふうな、ああいうふうなことができただろうかと、こう思うというて、「・・・が話させて頂いておると?」まあ、やすこさんと話しておられた。
したら、横から、「?先生が」言われることが、こういうことを言われたと。そりゃあ、お母さん、あの、合楽の御信者さん方はね、本当に、おかげを受けておられるからですよっち。めいめいが。ね、あの時、もし、親先生が「ござじゃったら?」自分の命はなかったという人達が、あの時、もし、合楽がなかったら、現在の自分がたのうちはなかというような人達がある。もう、めいめいが、ね、ほんとに合楽のおかげでという実感があるから、いよいよ合楽の「こと?」という時には、そういうふうに盛り上がるですよ、と言うて、ほんなこつ「それどころじゃなかの?」と言うて、まあ、お話しました、と、そんなふうに言うておられました。
ね、おかげを受けておるという、ね、もし、信心がなかったら、まして、あの合楽が、私共になかったら、今日の、ただ今の、よ、はないという、ほどしのものをめいめいが持っておられるからこそ、ああいう、「うって一丸に?」なっての信心ができたと、いうような、えー、話を聞かせていただいて、ほんとに、なるほど、取り立てて、こうということはないけれども、確かに、合楽に御神縁を頂いておる方達はです、おかげを受けておるということであります。
これも、昨日、おとといでしたでしょうか、あの、高松和子さんがお参りをしておられまして、えー、ただ今から、善導寺の方へやらせて頂きます、というお届けをしてから、お話をされますのに、先日から、お夢を頂いた。それが、善導寺の方にやらせて頂きましたら、うーん、ちょうど大掃除をした時のように、畳もゆ、ゆ、床も全部はぐって、こう、畳もそこに、か、してある。重ねてある。見ると、その、家全体の床下からです、もう、大きなごみは全然ないように、綺麗になっておるけれども、それに、薄ーい、ぱあっと、ほこりがしておるという、ような状態でした。「はらあ、ねえじゃっごっちゃろうか?」というて、家入らせてもろうたら、御神前の方からね、お声がしてる、その、お夢の中では、お声を、晴れやかにそのお声だなと、思うて頂いたのはね、うーん、まるまるとまるまるがメグリがすいとった、というお声が「あったと?」(笑)。
ね、誰と誰がね、メグリがすいとったという、そのお言葉じゃった。けれどもほんなら、まだ、「畳の端っこに床も、まだ、はぐったまま?」なるほど、大きな、その、メグリは、っていうか、大きなほこりは、取れてしまっておる、「ごぶれとる?」けれども、それに、まだ薄っすらと、ほこりがしておる、もう一遍、はたきもかけなきゃならない、拭きもしなきゃならない、そして、い、い、い、あの、畳も「しっこなければならない?」ということで。
久保山先生と私共と出会いとでも申しますか、えー、あの、修行中の自分から、私の「もとへと?」一生懸命、通っておいでられました。まあだ、だあれも、他の者は信心がないと、一生懸命の御信心、まあ、いうならば、あー、合楽でも、おー、まあ、皆、全部兄弟っちゅうなら、一番、お兄さんが、久保山家であろう、久保山先生であろう、と、こういうふうに申してまいりました。
それで、まあ、何か、えー、なんだっけこの頃、あの、おー、教徒社のここの信者さんの誰か、あー、記事を取りたいとみえたときも、もう皆が、まあ、とにかく、一番長男のところから(笑)、というふうなことで、まあ、久保山先生一家が取り上げたれたようなことでしたよね。
まあ、それこそ、二十何年間の信心が続かせて頂いて、現在の久保山がある。なら、まあ、皆さんも、いうなら、ご承知の通りのおかげを頂いて、頂いた。それで、もう、それで良いかというと、それではなくて、まだ、ようやく、まあ、その大きなごみだけが取れたというところである。これからが、目のつまった、いうならば、しっとりとしたというか、ね、そういう信心が、これからこそ続けられればならない時だというわけです、ね。
それには、まあだ、「しっこめん?」まあだ、安住できない、ね。ほこりも、まだ、ね、いわば、はたきをかけたり、雑巾をかけたりすれば良い程度のほこりではあるけれども、ほこりが一杯。というような、お知らせを頂いたというて、お届けありました。なるほど、まあ、ちょうど、久保山の場合は、そういうところじゃろうの、というて話したところでした。
もちろん、途中で止めるようなこともなかろう、なかろうけれども、そのへんからがです、いわば、しっとりとした信心ができなければならないところと。ね、そこに、どうでも一つ、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ、その、しん、いるところです。ね、おかげで、まあ、皆がまめでおかげを頂いておる。だから、そういう元気な健康のおかげを頂いておる、そこからです、いよいよ、なら、久保山の家が、これから繁盛していくことをです、元気な心で信心せよ、いわゆる、健全な心で信心をしていけということになる。ね、その健全な心がなからなければね、今言う、しっとりとした、いわば、信心はできません。ほこりだらけの中で、寝たり起きたりしておれば、それでいいでしょうけれど、ね、「親も毎日、畳もしっこんだ中でありましょう?」やはり、日に日に、ほこりもいたしましょう。毎日、「これをおこたったらいけません?」ね、はわきだした後に、打ち水をして、うーん、というような、ね、あー、そういう、私が言う、しっとりとした信心。
私は合楽ではね、だんだん、そういうようなおかげを受けていかれる方たちが、増えてきたことであります。
今日、先日から、「きかいを頂いた話しの御理解に?」、「まさきさんとしげさんが、そういう答えを?」おかげを頂いて、夜中、おそう帰ってこられました。「上の障子の部屋に用意しておりましたから?」一緒にお食事させて頂きながら、お話させて頂いたことでございますけれども、「まさきさんが?」言っておられます、とにかく、そのおかげというのはね、ただ、もう、儲けだそうとか、繁盛しようというおかげでは駄目だ、ってね。うん、もう私はもう、本当にそのことをもう、痛感しますって。ね。「まる人間が?」人間が頂けなければ、人間が、いうならば、健全な心でね、信心させてもらうという、一家中が。そこまで、信心をこきつけなければね、ただね、まめで繁盛しておるというだけでは駄目だと。というようなことを。ほんなこっちゃなあ、その例をとってね、こう、どこやらあそこやらもね、また本当、なるほど、おかげを頂いておる。健康でもある。けども、健康で繁盛しておるだけでは、いっちょん幸せじゃなか。もう、普通でいうならば、健康で繁盛するなら、もう、それで幸せんごたるばってん、繁盛っちゃ、そうじゃない。これはもう、よそのことじゃありません。もう私共自身、自分自身のところが、そうなんです。そうじゃんね、いよいよ、あたくし自身が、本当な信心に打ち込んでいかなきゃいけんんというような話をしております。
ね、まあだまあだ、いうならば、いかにも病気災難の根は切れたごとあるけれどもです、実際はまだ切れていない、まだ、井戸は清水になっていない、ということではないでしょうかね。
そこでです、途中でやめれば病気災難の根は切れぬ、ね。どういうわけ、途中で止めるようなことになるだろうか。おかげを頂いて、信心を頂かないからでありましょう。ね、おかげを頂いて、信心を頂いておらないから、そういうことになるんです。
昨日、光昭がここにお届けに来て参りましてから、まるしょうで幹三郎の所にお見舞いに行きたい、皆で。それで、その皆で寄せ書きをして行きたい。それで、寄せ書きの真ん中かなんかに、親先生から一言なんか書いて頂きたい、と。いうお届けがあっておりました。(とうとう?)、昨日、参りませんでした。今日、夕べ、(延岡?)にそのことをお届けしておりましたから、明日、書いたら持ってきますから、ということでした。そういうお届けがあっておりましたから、あの、なら、どういうようなことを書いてやろうかと、あたくしが思わせて頂いた。
一時の御祈念に家内がお礼に来て参りましたから、おかげ頂いて、今日、午前中、この抜糸がすんだと、いわゆる、この糸を抜いたんだと。
その前の日、あの、義朗さん、若先生が行っとります。したら、僕はもう気が小さい、と。親先生に似てから、気が小さい、と、こう言う。だから、もう糸ば抜かなん時のことが怖いと言うてそげんふうに。したら、ちょうど僕が、この、義朗さんがですね、ここ先日か、ここを何針か縫うた時に、抜糸した時の体験があるから、もう、チカッとした時にはもう、しまえとった、と。だからもう、抜糸っちゃ、いっちょん痛いもんじゃないっち言うとったもんやけん、幹三郎も安心したらしかった。(笑いながら)で、この抜糸に行ってから、帰ってきてから家内が、どげんじゃったの、ちゅうてから、腹かいちから、もの言わんそうですもん。(笑い)その、まあいわば、知らんごつばっか言うちから、痛かったという意味ではないでしょうかねえ。(笑い)そりゃそうでしょうね、私も見もしませんから、ここから、こうやっぱ、抜くとですから、それをチカチカと一遍二編じゃなかったに違いないですよね。
というてから、ここで、あの、家内がお届けしますから、うん、そして、えーその顔がですね、やっぱり、こう、えぐり取ってありますから、やっぱり少し、ひっこ、引っ込むそうです。で、それを鏡で見たり、まあ、抜糸が痛かったことやら、自分の顔がちったあ変形することやらが、ちったあ、もう、その、もの言うごとなかったのかもしれません。
ね、そこであたくしはそのことを、家内がお届けしておりましたから、ああ、ね、例えて今申しますならです、なるほど、うーん、あたくしも、まあ、もの心つく頃からですね、顔半分にこういう、火傷の傷、傷がございますから、それが気になる、やっぱ時代もあった。けれども、それが実をいうたら、あたしは、おかげのもとになった。ね、そのことをかえって有難いという頂き方で、今日までおかげを頂いてきたということに色んなことを思いましてね。うーん、あたくし今度は、こういう事を書いてやろうと思うて、これを書かせて頂いた、ね。「運命を愛することは運命を生かすことになります」と。運命を愛する、もう私のようなふしあしのような者があるじゃろうか、と、私のような不幸な者はない、と、ね、例えば、これは色んな場合に、例えば、なら器量が悪いとか、ね、例えば顔に傷ができたとかと、いうような時に、自分をそういうふうに卑屈になったり、自分を世の中をひがんでみたりするような、頂き方はね、だから、それは運命を愛していないことになる。ね、運命をはかなむ事になる。または、運命を呪う事になる。そうする事が、どういうことかというと、運命を生かすどころではなくて、運命を殺してしまう事になるのです。ね、例えば、私達がです、ね、自分の周囲を見てみると、どうにも難儀の中にあってもです、もう、下には下があり、上には上がありますけれどもです、本当に、まあだ、まあだ、自分は幸せだと、まあだ、まあだ、おかげを受けておるんだという、その発見は、こう、いわば、なされていく事が、信心だと思う、もう。
ね、そこがね、私は運命を愛していくことだと。そこから、いよ新しい、ね、良い運命が、展開してくるのだと。そんな事を書いてやろうと思うてね、あたくしは、ここ、これを書かせて頂いた。そしてまた、ははあ、これはなかなか、あー、この通りの事だなと思うて、小さい、こんな紙切れがありましたから、また、同じことをね、こう、書いて、誰か、今度、一番、こっち、参ってきた人にあげようばいと思うて、書き終わったら、その、「うちだ?」のあやかさんが参ってきた。まあ、この人達の場合なんかは、もう、ほんとに運命を愛す、愛する、愛するどころか、運命を、まあ、あー、いうならば、もう、私達のようなふしあしのもんはないと思うような事もあろうかと、思う事があるのです。
両親は早く亡くなられて、ね、えー、まあ、それだけでも自分はふしあしだと思うような事があるかもしれん。で、あたくしは、あやかさんにね、あの、これには、こんな訳が、こんな訳を話してから、これをあなたにあげる。もう親先生、これを、これをこのまま、もう私が一生、私の書け守りにしますというような事を言うて、それをそこに置いて、そこにいつまでも、いつまでも御祈念をしておるのを見て、見せて頂いてから、私は、改めて御霊様にお礼を申しあげました。あのお母さんの御霊様に。ほんとにどうぞ、これ、この小さい紙切れがですね、あやかさんの一生をです、いよいよ新たな良い運命を生かすことになっていくほどしのおかげになるために、いよいよ運命を愛していく人になっていけますようにという事の願いをね、込めて、しかも、今度参ってきた人に、これをあげようというのに、あやかさんが参ってきた事、大変有難いと思う。ね、信心とはそのようにです、いわゆる、運命を愛することは運命を生かすことになるというような事をです、それを、まあ、普通のここのいつも使う、ここの言葉で言うと、信心とは、もう有難くならして頂くけいこだと。この方の道は喜びで開けた道だから、喜びでは(苦労はさせん?)といったようなです、ね、一切の事を喜びに喜んでいけれる信心。
私は、途中でやめるという事はね、そういう信心を身に付けていないからではないかと思う。あたくしは、おかげを頂いて、信心を頂いていないというのは必ず、おっくうになる、ね。食べることに心配はなくなった、ね、使う金に不自由はしない、おかげで健康でね、もう、その程度のおかげを頂いたら、それで、やはり途中でやめてしまうような結果になる。実際はそうではない。まあだ、ごみ、いわば井戸がえでいうならば、まだそれこそ、七分が八分目ぐらいの所しかいっとらん、いや、それ以下かもしれないけれどもです、(うわずみ?)をくんで、ただ、あー、それで、まあ、満足するというか、それに腰掛けてしまうといったような信心ではです、ただ、ここでいう、まめであるとか繁盛するおかげを頂いたという事だけではね、決して、幸せではないと。それは、どこもここも見て、それを感じます。いや、私自身のうちですら、それを感じます。ほんとの信心を頂いていく事が、あたくしだけではない、家内子供みんながそういう信心になっていかなければならない事を思うという意味の事を、(まさきさん?)が言っておられますようにです、ね、うんなら、まあ、いうならば、ここでおかげの受けはじめというか、まあ、受け頭といおうか、ね、久保山の家なら、久保山の家ですらが、まだまだ、畳が(しっこんで?)ない程度の所なのだと。
ね、それを思う時に、あたくし共がです、本気で一つ、しっとりとした信心をね、一つ一家中で身に付けていきたい。その、しっとりとした信心とは、まあ、どういうような事、いうなら、途中で止めようにも止められない、有難くて。ね、合楽の( ? )の事の話を借りるならです、ね、合楽に何かという時には、合楽の人達がどうしてあげん、うって一丸になれるじゃろうかと。合楽ちゃ有難い所だと、よくよく考えよったら、合楽の人達は一人ひとりが、おかげを受けておられるからだと。あの時、合楽がなかったら、あの時に親先生に縁を頂いてなかったら、今のあたくし達はないかもしれんというほどしのおかげをみんなが頂いておるから、ここという時にそういう事になってくる、ね。そのおかげがです、ね、いわゆる合楽では、いよいよ運命を愛することのできれるほどしの信心。現在只今を有難いと思えるほどしの信心。ね、そういう信心を、もう、ひたむきにです、あたくし共は、その信心を頂かして頂かなければならない時じゃないか。ね、そこが、あたくしは、頂ける時に途中で止めるような事はない、いかにメグリのお取り払いを、がばっと頂いたからというても、ね、ほっとけば、またほこりがするもんだと。
ね、今日は二十八節から、とりわけ途中で止めるという事、それから、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよというこの元気な心という所をね、いわゆる、元気な心という事を、まあ、健全な心というふうに、ここの所を、まあ、理解づけて頂いたと思うんです。ね、その健全な心を頂かせて頂くおかげ。
昨日、夜の御祈念の前でした、若先生と徹君がここに出てまいりまして、今度、青年会が新たな、あー、青年会、若い方達の青年会が、この頃の青年大会の時に、えー、どうも、おー、まあ、先輩の人達と後輩の人達とのあんまり、この溝、溝というか、開きがありすぎる。それで若い人達だけで、新しい青年会を作りたいと話があったそうです。それで、(よりより?)の若い人達が集まって、えー、なら、会長に徹君が押されて、な、今後のその新しい青年会を決心するにあたっては、どういう生き方、どういうあり方でおかげを頂いたらよかろうかという、あの、お願いとお伺いがあった。で、(その時しかごにお願いさせて頂いたら?)、あの、そこに、大きな岩の後ろに、あの、杉の木がありますでしょう。( ?※小さくて聞き取れない、杉の様子を言っているようだ)。
あの杉の木を頂くんですよね。だからね、えー、信心はね、そりゃ、年寄りと若い者、なるほど、少しばっかり、えー、(つづかとちょうどだけでも?)、やはり、生き方を変えなきゃなからなきゃならん。また、変わっただけ、後ろついてかれないわけなんです。けれどもね、目指す所だけは、同じでなからないけないという事。ね、だから、今は役に立たんでもいい。杉の木は、今は役に立たん。けれどもね、ただ言われるここで、生き生きとした信心、ね、杉というのは、一年中青々としておる木です、ね。だから、今は役に立たんっち、杉の木。けれも、あれが大きくなるとです、どういう、いわば、彫刻ものというか、ね、あの、おおでも、杉の木が一番良い、例えば、くしなんかを作るぐらいですから、ねばりがあるわけです。いわゆる、どういう、特にそのくしなんかを使うちゅうのですから、こう、髪をとき流すというね、いうなら、信心の手本になるような、あの、御用ができるような、そこを目指させてもらう。今は役に立たん。だから今は、どげんでんよかという訳なんです。けども、その生き生きとしたものと、ね、お役に立つという、将来はね。後々お役に立たせて頂かなならんといったような信心。
だから、あーその、まあ、杉の木をいつも心にかけて、信心、あー、若い方は元気一杯の信心をさせて頂いたがよかろう。まあその次の日から、まあ御理解を頂いて、これからの一つ、指針方針というものを定めて行きなさいという事でした。
たら、二人でここで言うんですよ。はあ、僕達はもう、今までの合楽の信心じゃなか、別の新たな若い者らしいの信心を頂こうというふうに話し合ったっちゃんね。けども、その考え方は間違っとりました。ね、それはもう例え、年寄りの会であろうが、中年の会であろうがです、いくら、若いもんの会であろうがです、目指す所はやはり同しでなからなきゃいけないという事が分かった、と言うて二人。
まあ、そういう線に沿うて、この度(しんを?)進めてゆこうというような、話し合いができた模様でございましたがですね、いわゆる、健全な心なんです。ね、元気な心、ね。そういう、あたくしは、えー、元気な心で信心せよ、健全な心で信心をしていくという事。ね、しかも、その信心の内容というのは、いわば、運命を愛することは運命を生かすことであるという、そのこれは、もう永遠の(信心?心理?)でありましょう。
ね、いつの時代になってもそれは、もういわゆるほんとな事です。ですから、それをほんとに、あたくし共が、より有りがたい良い運命を開かせて頂こうと思うなら、まず現在の運命を喜ばしてもらう、というような、そういう道を体得していくという、いわゆる、おかげを頂いただけではつまらん信心を頂いていかなければならんという事は、そういう事ではなかろうか。ね、そういう事になるから、いわば、途中でやめようと言われても、やめられん信心の、いわゆる信心を、ね、あたくしは頂いていかなければならんと、まあ、今日の御理解の中からそのような事を思わせて頂きます。どうぞ。